おけいの墓
戊辰戦争後、鉄砲商人であったシュネルは、藩士や領民と共に北米移民団を組織しました。シュネル家の子守りだったおけいも我が国はじめての女性移民として渡米しましたが、移民は失敗し、おけいはビアーカンプ家に引きとられました。しかし、1年後に病死してしまいます。おけいの墓はゴールドヒルに大理石でつくられました。19才の若さのままで異国に眠るおけいの哀しみを知り、故郷会津若松ではアメリカの墓と同じものをここ背あぶり山につくりました。

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